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専業主婦の夢、叶う!?

今日は大阪で「マックスブログ塾」です♪

今、難波について、ブログを書いています。バスの中で書こうと思ったけど、爆睡してしまいました(^_^;)

さてさて。よく考えましたら、塾長さまから出された宿題をやってない・・・ということで、それについて書いてみようかな?と思っています。

まず、なぜまきまきが今の仕事をするようになったのか?

なぜだろう?

実家が旅館だったから。

なんとなく、ズルズルと。

 

小さいころは、旅館で働こうとは思っていませんでした。

旅館は、生活の一部で、ちょっと変わった家庭環境だったと思います。母は女将さんで、家にはいない。朝は仕事、学校から帰っても家にはいない。夜は飲みに行ってる。父は昼まで寝ていて、夜は飲みに行ってる。

家にはいなかったけど、家と旅館はつながっていたので、旅館に行けば、誰かがいる感じ。

母は女将だから、毎日のように着物を着ていたけれど、着物を着て仕事をすることに憧れは感じなかった。「着物」自体は好きだったけどね。

父は毎日飲み歩いていて、仕事をしているふうには全然思えなかったけど、「社長」ってそういうものだと思っていた。普段は何もしないけど、なんとなく一番えらくって、大事なことを決める人、っていう認識。

生活に不満はなかったし、多分、普通の家庭より珍しいものを食べられたり、いろんなところにも連れて行ってもらえたように思う。欲しいものは手に入った。そういう意味では贅沢に暮らしていました。

だから、なんとなくのほほんと暮らしていまして、この生活がずっと続くと思っていました。

母は、大学在学中に父と知り合って、即結婚。叔母もそうだったし、大学に行けばすぐに結婚相手が見つかって、結婚して、家にずっといるんだと思っていました。

大学時代にお世話になった叔母が専業主婦だったので、その生活に憧れていて、専業主婦になる、なりたいな、って思っていました。

ところが。

大学卒業しても、結婚できない・・・あれ???

働く気はまるでなかったので、就職活動なんてしてないし。

なので、小学校でしていたバイトを続けながら、一人暮らしのおじいちゃんのところに住むようになった。おじいちゃんの面倒をみる、という口実で。

そうしていたら、おじいちゃんは元気で、自分のことは自分でできるし、いてもあまり意味ないな、、、ということで、実家に帰ることになりました。

ええ、実際は、おじいちゃんにもうえーわーと言われたわけですが(笑)

 

まだまだぼーーーーっとしていて、本格的に働く気はまったくなし。

実家にいて、友達と遊んだりしながら、旅館の手伝いをちょいちょいしていた。

町役場に勤めたら?と勧められて、試験を受けたのですが、見事!不合格!!!

いちおう大卒なのに・・・働かせてもらえんかった・・・

 

いつか結婚して、家から出られるだろう、と思っていたのに、そんな機会はまるで来ず。

だけど、他の会社で働くっていうのも、現実的でなく。。。

たいして悩みもせず、旅館に出入りしていたのですが、だんだんと旅館にいる時間が長くなってきました。

学生時代は、全然手伝っていなかった旅館の仕事。

やってみれば、昔から見てた仕事だったから、流れはわかるし、おもしろくもなってきた。

当時は、景気もよかったから、社長のむすめ、という穀潰し( ← 懐かしいことば笑 )が1人増えても、周りのおばちゃんたちはあたたかく迎えてくれてたし。

布団を敷くのも、盛り付けをするのも楽しかったし、丁寧に接して、お客さまから褒められると、とってもうれしかった。

そんなこんなで、一通りの仕事を覚えると、だんだんと仕組みがわかってくる。

当時の実家の旅館の集客は、安いツアーの団体さんが主流。

それを、弟の結婚を機に、全面改装して、個人のお客さまへとシフトチェンジした。

改装した宿をはじめてみたときは、感動したなあ・・・今でもよく覚えている。こんなにステキになるんだ!と、びっくりした。

そして、集客も少しづつ変化を見せてきて。。。

当時、創刊したばかりの旅行雑誌「じゃらん」が営業に来られて、それに、湯原温泉界隈では一番って言っていいくらい早く掲載を決めたのが、父だった。

まあ多分、担当の女性が、美人だったというのが大きな理由なんだろうけど。

 

「じゃらん」に掲載したプランが大当たり!

それを父から引き継いで、担当の方と打ち合わせをして、売れるプランやお料理を一緒に考えるようになりました。

まだまだ「じゃらん」に掲載する宿も少ない時代で、新しいプランを載せると、すぐに反響があった。

当時はネットがなくって、予約の手段は、電話。

だから、反応をダイレクトに感じることができたし、考えたプランで予約をいただくのが、とっても楽しかったなあ。。

お客さまと直接話すわけだから、プランのいいところ悪いところがリアルにわかる。

さらに新しいプランを考えて、それを掲載する。

「じゃらん」の担当者は、ものすごくデキる人が多かったと思うし、田舎にはいないカッコいい女性が多かった。特に2人目に担当してくださった方、そして3人目に担当してくださった方とは、今でもご縁があるくらい、深くおつきあいさせていただきました。

 

このときだな。

集客の楽しさを知ったのは。

ちゃんとお客さまのことを思ってプランを作ると、それは必ず響く。

そんな自信を、このときに得たような気がします。

 

そして、だんだんと旅館業にどっぷりとつかって。

結婚相手も、思わぬご近所さんになって。

それなら、と、父が別館をたててくれて、旅館が一生の仕事になった。

 

すごーくいいかげん。

ものすごーく成り行き任せ。

こんな人生を歩んできたまきまきです。

 

あいかわらず昔から、旅館は家で、ずっと家にいて、掃除をしたり料理をしたりしているから、ある意味これって専業主婦ってことかもしれない。

あれ?夢は叶ったんだ!!!

 

こうしてブログを書いてみて、そんなことに気づいた大阪の朝でした。

 

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写真は、宮島で会ったピジョンフリーゼのダッフィーちゃんとまおまお。

このむすめはどんな人生を歩むのかな?

母みたいになるのかな?

まったくちがう人生を歩むのかな?